毒親サバの渚は今日も生きていく。

毒親と絶縁して三年が経ちました。夫と猫と暮らす30代女のリアルな毒親ブログ。

絶縁する事で起こる面倒な事

こんばんは。毒親サバイバーの渚です。

 

前回の記事

dokuoyasaba-nagisa.hateblo.jp

 

この中で、「絶縁する事で面倒な事がある」と書いた。

 

その中で一番面倒な事は…まさしく「連帯保証人問題」だ。

 

日本は、家を借りるにしろ正社員で就職するにしろ、この「連帯保証人」というものが必要な時がある。

 

たいていの人の場合、自分の親や家族に頼む人が殆ど。

正直、この仕組みが毒親を助長してるように思えてならない…。

 

普通に考えてどんなに仲のいい友達がいたとしても、「保証人」という名前が付いている以上、赤の他人に頼むのはとても気が引けるものではないだろうか?

 

この事がネックとなり、毒親から離れるハードルを上げてしまっている部分は大いにあると思う。

 

また、これを利用し子供の独り立ちを阻害する毒親も必ず存在する。

私の親も例外では無かった。

 

自立する機会を失われた子供は、生きる希望も気力をなくし、

自分を責めてしまう場合には引きこもりに、親を恨み責めてしまう場合は、家庭内暴力に発展してしまうのではないだろうか?

 

そして、最悪のシナリオは「死」だと私は考える。

 

 毒親と暮らし生きていくことは、まさに子供にとってサバイバルなのだ。

 

自分が死ぬか、親が死ぬかまで追いつめられるのである。

 

 

これだけ見ると、親が毒親だったら生きていけないと絶望しか浮かばなくなるが、

世の中捨てたものではない。

 

昔は当たり前だった賃貸での保証人制度が少しずつ変わっており、

保証人なしの物件や、保証人が必要だったとしても金銭を支払い「保証会社」を利用することで借りられる所もできている。

 

就職や進学についてもこの保証会社が使える場合があるので、一度相談してみる価値は大いにある。その時は、別に親が毒親だとか真正直に言わなくてもいいだろう。誰も頼める人がいないから保証会社を使いたいで伝わるはず。

 

しかし、残念ながら保証会社ではだめだという企業も存在する。その事は念頭に置いといてほしい。

 

因みに、勝手に書いてしまえばいいという人が少なからずも存在するが、これはお勧めはしない。

 

私は弟にこれをやられて、弟が働いてる会社で問題を起こし、いきなり電話が来て対応を迫られた。

 

詳しい話はまた別の機会で書くが、弟はいわゆる「愛玩子」、私は「搾取子」で大人になり家を出てからは殆ど会っていなかった。

 

私が実家に寄り付かなかったというのもあるが、まさに寝耳の水の事で、遠方まで何度も行く羽目になり物凄く大変だったのを覚えている。

 

誰にも頼めないと悩んでる人は、こういうサービスを利用してもいいし、住み込みという手もある。

 

毒親から逃げたいと思っている人は、ぜひこういう物を利用してほしい。

 

 

 

 

 

結局、毒親からは逃げるのが一番

こんばんは。毒親サバイバーの渚です。

 

渚は、今日も夫と猫と一緒に生きています。

 

といっても、20年以上母親から毒を受けて育ってきた私が、3年ちょっと絶縁した位じゃ完全に解毒できるはずもなく…

 

たまにフラッシュバックを起こしながらも、ちょっとずつ生きる喜びを感じれるようになりました。

 

 

絶縁して暫く経つと…

 

「自分らしくいられるってこんなに楽しい!」

 

そう思える事も少しずつ増えてきた。

 

 

そして、今だから思える事。

 

「毒になる人からは逃げてほしい!」

 

はっきり言ってしまうが、親だから家族だからという理由でその人達にいくら我慢して尽くそうが、相手から望んだ親らしい愛情が返ってくることは殆どないと思う。

 

 そんな愛情があったら、私や毒親を持ってる方が苦しまずに生きて来られてるはずだ。

 

「親といると苦しい・辛い」と感じるのは、「自分らしさ」という人間の核となる部分アイデンティティーを抑圧されてるから。

 

今は、コロナが流行っていてなかなか毒親から離れなれない…という人もいるかもしれないが、親といて辛いならいずれ離れた方が良いと私は思う。

 

この「距離の取り方」は、人によって心地よい距離は違う以上、一概に絶縁したほうがいいよとは言えない。

 

何故なら絶縁すると面倒な事も出てくる。

このことはまた別の機会に。

 

毒親に育てられると、洗脳に近い状態になっている場合がある。

所謂、マインドコントロールされた状態。

 

「絶縁なんて絶対だめだ!それじゃ、私はほんとに親不孝者になってしまう!親を嫌う私が悪いんだ…私がおかしいんだ…。私が変わればいい。私が我慢すればいいんだ。」

 

こんなことを、悶々と本気で考えていたし信じていた。

 

 

でも、一度考えて見て欲しい。

 

 

「自分の大切な人が毒親に悩んでいたら、あなたはなんと答えてあげますか?」

 

私なら「あなたをそんなに酷く傷つけるような人からは離れてほしい」と言うと思います。

 

大切な人が、これ以上傷ついて欲しくないから。

 

じゃあ自分は?大切じゃないの…?

 

同じ人間なのに、命の重さや価値が違う?

ましてや、友達なら関係は対等でないとそれは友人といえないのでは?

 

私と、友人は同じ命を持っていた。

 

当たり前の事なのに、毒親に毒されていると自分には自分の人生を生きる価値がない、

大切にされる価値がないと思い込んでいる自分に気づく。

 

 

昨今、親殺し子殺しのニュースで見かけるたびに

「自分も毒親から逃げなかったら同じことになってたかもしれない…」と思わずにはいられない。

 

例え、血のつながった家族が愛してくれなかったとしても、

外に目を向ければ、1人位は自分を愛してくれる人がいるはず。

 

世界人口約77億6千400万人、日本だけで約1億2千万人いる。

 

世界中の人に、Meの事は好きか?どうかなんて聞いたことある人はほぼ居ないと答えるだろが、聞いたら聞いたで初対面なら「わからない」と答えられるのがオチだ。

 

あなたに毒を与え続ける人はその内のたった数人だけの話なのだ。


「お前には親から愛される価値はない」というのは、その人の個人の価値観にしか過ぎない。

 


 孤独で苦しんでいるならば、どうか、どうか自分だけでも自分を大切にしてあげてほしい。愛してほしい。

 

今日は頑張ったな自分と思ったら自分で褒めてほしい。

ご褒美においしい物を食べてもいい。

 

「あなたはよく頑張ってる」と自分だけでも認めてあげてほしい。

 

生きることが全てではない。だけど、そんな人達のために自分が苦しむ必要があるのかよく考えてほしい。

 

私は絶縁して3年たった今、声を大にして言いたい。

 

毒になる人から逃げることは、恥でも、ましてや親不孝でもない。

もしも、自分の親が毒親では無かったら、あなたが幸せになる事が本当の親孝行になったはずだ。

 

自分に危害を与える人から逃げるというのは、生き物の本能として当たり前の事をしてるだけである。

 

自分の命を守っただけなのに、これのどこが恥なのだろうか?

 

さんまさんが言ったとされる「生きてるだけで丸儲け」という言葉があるが、案外真理かもしれない。

 

 死ぬか生きるかくらい切羽詰まった状況なら、私は迷わず逃げることをお勧めする。

 

自分を大切にするということ

私もそうだけど、毒親サバイバーは自己肯定感がかなり低いと思う。

 

そりゃ~社会に出て生きづらいはず。

私も、いまだに生きづらさを抱えている自覚がある。

 

私が親元から離れるまでの約20年間…

本来なら、一番の理解者であってほしい母親からほぼ毎日毒を受けていたのだから。

 

誰を信じて、誰を信じていけないのか未だに自信はない。

 

しかし、去年ある友人との出来事だった。

 

その友人は小学生からの友達で、彼女が高校を心の病で辞めても付き合いは続いていた。

 

今まで一方的に切られたりしたと思ったら、また忘れたころに連絡が来て友だちに戻りたいと言ってくるそんな子だった。

 

心の病を抱えていたのを知っていたし、あまり刺激しないように気を使って付き合ってはいたつもりだったけど、何度もそんなことを繰り返される関係だった。

 

しかし、ある時私の何かが切れてしまった出来事があった。

 

今でも、そんな結果にしてしまって良かったのかわからないけど、そのままの関係を続けてもお互いによくないと思い、

 

「私はあなたの友達にはなれない」と言ってお別れした。

 

きっかけは、彼女が原因で起こったことを私に責任を擦り付けてきた姿に、母親の姿が重なったから。

 

その友達はよく私に理想の友達像を話してくれた。

 

「海外ドラマみたいに、親友なら隠し事もせず何でも話したり、下ネタや毒舌も言いたいよね~」と。

 

下ネタには多少免疫があった私でも、たまに返答に困るものもあったが、そこまで気にするような物ではないと思っていたし、毒舌も母親の毒に慣れていたせいか、それよりはましだと、そこまで気にせず気楽に話せる相手だと思っていた。

 

でも、その出来事がきっかけでふと思ってしまった。

 

(もしかして、この子は私になら何でもしていいと思ってる???)

 

いつもの私なら面倒になって、もういいよ。分かったとか言って流していたけど、その時は違った。

 

理路整然と彼女の発言の証拠を出して真剣に彼女と話そうと思った。

 

すると、すぐに謝罪してきて「今までのように友だちに戻りたい」と言ってきた。

 

うん。すごい彼女の気持ちはわかるんだけど、

 

今まで何度こういう事あった?

その度に私は傷ついて来たのに、その上にずっと私のせいにされるの???

 

悶々と考えていると、彼女の理想の友達の話を思い出した。

 

(そもそも私と彼女の理想の友達像が違うんだ…)

 

私の理想の友達ってなんだろう?って考えたことなかったけど、一緒にいて楽しい、人のせいにしたりしないで、お互いに最低限の思いやりをもてて相手を大切に出来るような、そんな関係が理想だったことに気づいた。

 

30代超えていい大人になったつもりだったのに、そんな事も気づかないまま大人になっていたんだ私は…。

 

きっと、彼女には彼女に合う友達がこの世にはいるはず。

 

勿論私にも。

 

昔は「自分を大切にできない人は他の人も大切にできない」という言葉が理解できなかった。

 

でも今はなんとなく理解できる気がする。

 

私は、自分が我慢することで友達を大切にしていたつもりだったけど、

彼女をほんとの意味で大切に出来てなかった。

 

他人を思いやろうとはできるのに、自分は思いやれないのはおかしな話だ。

 

私と離れることで、彼女には自分の考え方に合った素敵な友達に出会ってほしい。

 

一応、連絡だけは取れるようにラインは消さずにいたけど、気づいたら向こうが退会していて消されていたが、私の心は、彼女が去った今も思ったより穏やかに過ごせている。

 

毒親の記憶がよみがえってくるまでの間は笑

 

 

 

 

初めの一歩

今日は、夫はいつもの出張だった。

 

一人でいると考える時間も多くなり、毒親がずっと私の頭から離れなくなっていた。

 

なんで嫌な事って一気にぶわーーって思いだしてずっと居座るんだろう。

良いことはなかなか思い出さないのに。

 

最近、毒親の事を考える事もだいぶ減ってきていたから

 

「あ~こうやって他人になっていくのか」

 

なんて、のんきに考えていたのに…

 

九州の大雨の災害でさすがに心配になり、それで叔母に連絡してから、呪いのように毒親が毎日頭に浮かんでくる。叔母が毒親の近況を話してきたからだ。

 

勿論、私からは絶対に聞かないようにしているけど、叔母としては良かれとおもって話してきたと思うから、悪気があったのではないと思う…(多分)

 

叔母というのは、母の妹で子供の時は大好きな人だった。愛情深い人柄だったからだ。


毒親と絶縁する時になったときも、親身になってくれていた唯一の血縁者だった。

 

でもなんとなく、最近は連絡することを控えていた。

 

明らかに、私と話してる時のテンションが低かったから。

 

叔母の末っ子の愛娘が、社会人なったのをきっかけに親元を離れてしまった寂しさとか家庭の事情かもしれないし、私がなにか地雷を踏んでしまったのかもしれない。

 

とにかく、話しても前ほど波長が合わない。

 

ラインを見るのも嫌になり、今はとりあえず非表示にしてみた。


唯一の身内との連絡を絶つのは、かなり勇気がいる事だったので悩みまくっていた。

 

でも、私は毒親と絶縁してから心に誓った事がある。

 

 

「自分を大切にする」

 

 

勿論、「削除/ブロック」を考えなかったわけではない。

 

実は、こんな事になってからブロックは何度も試しているが、重要な内容が届いたらどうしようと思うと、結局非表示に落ち着く。

 

このまま、私の心も落ち着きますように…

 

今日は、久しぶりにビールを飲んでみた。ほろ酔い気分がちょうどいい気分転換になった。

 

そりゃ、ピラミッド建設にも支給されるわけだ。

 

明日は忙しいので今日はこのへんで。